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 さよならのその前に

 あれはまだ寒風吹きすさぶ頃、ビルに囲まれた大通りに面した舗道は夕暮れの闇とともに溢れ出した人並みで騒然としていました。その日の私は都内のクラブでビッグバンドのステージを見ることになっていて、友人達と開演までの間、会場からすこし離れた場所で飲んでいました。

 しばし盛り上がっていた時、携帯電話が鳴ったので店の外に出ながら「もしもし...」と電話に出た私でしたが、「公衆電話」と表示された携帯電話の向こうは、誰だか分かっていました。本当はこの飲み会には来ないつもりだった私。数日前から上京していた人と今日も半日過ごしてから空港へ送りに行くつもりでいたんです。ところが何だか煮え切らない態度に「気が向いたら連絡して」ということで別れた昨晩。案の定、昼間の連絡はありませんでした。
 「もしもし...」聞きなれた声でした。「今どこ?」。「もう空港まで来てる...」。「大丈夫だった?」。「うん...」。「いやいや、今回もお疲れ様でした」。「いえ、こちらこそ楽しかった...」。「もうすぐ搭乗時間だよね。気を付けて」。「うん...」。「.......」。「........」。「じゃ、また」。...... それから一度も電話の主の声を聞いていません。

 あれから既に数ヶ月が経とうとしています。あれ以来、お互い特に連絡を取り合うこともなく、何となく忙しない日常を過ごしています。その人と決してさよならをしたわけでもなく、決して嫌いになったわけでもありません。ただあの日、あの時間以外に電話が鳴っていたら、きっと別の今日を過ごしていたに違いありません。あの時間になるまで電話が無かったことが、私に壁を作ってしまったようです。決して何があったわけでもない二人でしたが、もしかしたら、もう会うこともないのかもしれません。でも微かな救いは、まだ「さよなら」をしていないことです。だからと言ってもう一度...という強烈な思いが無いことも事実ですが、それでも本当にこのままで良いのかどうかは、まだ自分でも分かりません。

 「さよなら」も言えぬまま音沙汰が無くなった人なんてたくさんいます。中には本当に会いたくても絶対に会えない...そんな別れだってあります。だから今大切に思える人達とは、ちゃんと繋がっていたいと思うこともあるけれど、でもそんな精一杯な生き方なんてとてもできない。もう季節は春なのになかなか暖かくならないので、こんなことを思っているのかもしれません。でも春はもうすぐ。全ての命が動き出す素敵な季節になれば、新しい何かを、また感じることができるのかとも思うけど...。
(2000/03/26)





 
Byrne And Barnes / An Eye For An Eye (1981年)
 
 ちょっともの哀しい気持ちになった時には、いやって言うほど落ち込ませてくれるアルバムです。聞く人の気分によっては優しい気持ちにさせてくれるのかもしれませんが、寂しさを紛らわせたい人は絶対に聞かないでくださいね(^^;;)。



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